グレゴリオ暦/2013.09.07 UP  カテゴリー「月の万葉歌

【 月の万葉歌 】
夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に こほろぎ鳴くも

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日本最古の和歌集『万葉集』収録の、月を詠みこんだ歌を紹介しています(このコーナーに関する”能書き”はこちらをご覧くださいませませ)。

※『万葉集』収録の各歌には通し番号が振られて整理されています。歌の最後に記した数字がそれで、たとえば(3巻178)とあったら「万葉集 巻第3 178番」の歌という意味になります。


 この記事を書いている旧暦8月3日はグレゴリオ暦9月7日で、二十四節気のちょうど「白露(はくろ)」にあたります。

 「白露」は”秋の深まりとともに大気が冷え、草花に露が白く降りるようになる時期”(参考→ここ)。たしかにこのところ、朝晩だいぶ過ごしやすくなりました。というわけで今回は「月」と「白露」を詠みこんだ歌です。


  夕月夜(ゆうづくよ) 心もしのに 白露(しらつゆ)の
      置くこの庭に こほろぎ鳴くも

                              (8巻1552)

 詠み人は湯原王(ゆはらのおおきみ)。天智天皇の皇子のひとり、志貴皇子(しきのみこ)の子です。天智の第一皇子である大友皇子(おおとものみこ)が壬申の乱(672年)で敗北したことで天智の系統は皇位継承からはずされたために、同系皇族は政治よりも文化の世界に身を置きました。湯原王はそんななか、万葉期の代表的な歌人として活躍したようです。『日本古典全集 萬葉集』(小学館)によると、「優美」な世界観の短歌が持ち味だそう。

 原文は「暮月夜 心毛思努尓 白露乃 置此庭尓 蟋蟀鳴毛」。万葉集の原文には意味をあらわす表意文字としての漢字のほか、万葉仮名とよばれる「当て字」も多く使用されているんですが、「心もしのに」を「心毛思努尓」と表記するのがなんともいいですね。「心毛」は思わず「こころげ」と読んでしまいます。どんな毛か、と。

 ちなみに上出『萬葉集』によると「心もしのに」は”心もうちしおれるばかりに”の意味とのこと。同書では「せつないほどに」と訳しています。

 で、この歌の意味です。「夕月夜に、せつないほどに美しく白露の降りた庭の草木の陰で、こおろぎが鳴いています」といったところになると思います。

 私が激しく参考にしている上出『萬葉集』では、「心もしのに」は「白露の置く」さまを見た作者の心情ではないかと説明していますが、おそらくはそれだけではなく、夕月夜のトワイライトな情景、キラキラ輝きながら、その表面に外界の情景を丸く映し出す小宇宙ともいえる白露のはかない美しさ、弦楽器のようなデリケートな音を奏でるコオロギの声、「心もしのに」はこれらのすべてにかかってくる心象表現なのではないでしょうか。とても情緒的で映像的な歌です。

 大自然ではなく、庭という小自然環境にさえも自然への畏怖のようなものを感じる作者の歌ごころの背景に、どこか栄枯盛衰で禅的な無常観がありそうな気がします。当然、それは壬申の乱と無関係ではないのでしょう。

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