グレゴリオ暦/2013.02.26 UP  カテゴリー「月の万葉歌

【 月の万葉歌 】
北山に たなびく雲の 青雲の 星離れいき 月を離れて

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日本最古の和歌集である『万葉集』(8世紀後半)には、
天皇から防人まで
身分を超えた詠み人たちによる4500首以上もの歌が
全20巻にわたって収められています。

文学的価値はいうまでもありませんが、
『万葉集』には古代の記憶がまだ新しい
万葉の時代のひとたちの心情や考え方、
自然観などを理解する手助けになる貴重な資料としても、
とても高い価値があります。

歌われる内容は季節や自然風景、恋愛、哀悼など。
月を詠みこんだ歌もたくさんあるんです。
ここでは、そんな「月の万葉歌」をご紹介していきます。

※『万葉集』に収録の各歌には通し番号が振られて整理されています。歌の最後に記した数字がそれで、たとえば(3巻178)とあったら「万葉集 巻第3 178番」の歌という意味になります。


 月の万葉歌第二回は「挽歌(ばんか)」といわれるタイプの歌からのセレクトです。『万葉集』の歌は、その内容によって「雑歌(ぞうか)」「相聞(そうもん)」「挽歌」という3つのタイプに分類して収録されています。もちろん当時の編纂者たちの手によるものです。「雑歌(ぞうか)」は「くさぐさの歌」すなわち「いろいろな歌」を、「相聞」は詠み人の恋慕の情など、こころのうちを歌ったもの、現代風にいうならラヴソングをさします。そして「挽歌」は大切な人の死を悲しむ葬送、哀悼の歌となります。


  北山に たなびく雲の 青雲の 星離れいき 月を離れて

                              (2巻161)

 原文は「向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月矣離而」。この歌には前文として「一書に曰く、天皇(すめらみこと)崩(かむあが)ります時に、太上(だじょう)天皇の製(つく)らす歌二首」との注釈がつけられており、「燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入るといはずやも 智男雲」(2巻160)という歌とともに並んで紹介されています(※「智男雲」は読み方、意味とも不明のようです)。「天皇(すめらみこと)崩(かむあが)ります時」とは天皇の崩御(死)を意味しています。ここでいう崩御された天皇とは天武天皇(第40代)、太上天皇とは天武の皇后でもあった持統天皇(第40代)。これはすなわち持統天皇による天武崩御を悼んだ歌なんですね。

 『日本古典全集 萬葉集 一』(小島憲之 木下正俊 佐竹昭広 校注・訳/小学館)による現代語訳は、「北山に たなびいている雲の 青雲は 星を離れ 月を離れていくことだ」。空に浮かぶ雲が星や月から離れて遠くへ去っていく様子に、天皇が崩御し皇后や皇子のもとを去っていく悲しみを重ねた、暗喩表現になっています。「月を離れて」のあとには、「いくことよ」の意が隠されているというわけです。

 それにしてもこの歌、原文がとても素晴らしいですね。漢字三文字ずつをリズム感よく4度連続させ、「之」で韻を踏む。さらに下の句は一文字目をそれぞれ「星」と「月」でまとめ、見た目にも大変美しいヴィジュアルです。しかしなによりも注目したいのは冒頭。「向南山」で「北山に」と読ませるなんて、もう最高にオシャレです。ほんと、参りました。

 ちなみに壬申の乱(672年)で大友皇子を倒して即位した天武天皇(大海人皇子)は、日本最古の歴史書『古事記』『日本書紀』の編纂を命じたほか、神道を整え、仏教を保護し、官僚制度を導入し、律令国家の礎を築きあげるなど、日本の歴史上最も重要といえる天皇とされます。国名を「倭」から「日本」に定めたのも天武だといわれています。

 天武はまた呪術、占星術にも長じ、日本初の占星台(天文台)を設置するとともに官僚機構の中に、のちにアノ阿倍清明を輩出することになる「陰陽寮(おんみょうりょう)」を置きました。陰陽寮は陰陽師(おんみょうじ)はもちろん、天文博士(てんもんはかせ)、漏刻博士(ろうこくはかせ)、暦博士(れきはかせ)など職務によって細かく専門が分かれ、研究や観測、実践を担当させました。日本独自の暦学もこのころに本格スタートしたといえます。

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