• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
  • 千のレゴリス

    グレゴリオ暦/2013年3月10日  カテゴリー「近現代史

    東京大空襲から68年

    旧暦1月29日 記

     68年前の今日、昭和20年3月10日夜、東京上空に無数の重爆撃機B29が飛来。一般市民を大量に殺害する目的で焼夷弾(しょういだん)攻撃を行いました。アメリカ軍による東京大空襲です。この日は旧暦1月26日。新月直前の真っ暗な夜を炎が真っ赤に染め上げました。

     焼夷弾というのは燃焼性の高い薬剤を装填した爆弾のことで、爆発の威力で破壊する通常の爆弾とはちがって対象を燃焼させることで攻撃します。過激派の火炎瓶やベトナム戦争のナパーム弾も焼夷弾のひとつです。

     B29は編隊ではなく一機ずつ低空飛行で、次々と焼夷弾を落としていきました。その数、なんと32万発。作戦を指揮したカーチス・ルメイ中将(のちに大将)の「木と紙でできた日本の家屋など焼夷弾で充分」という言葉どおり東京の町は燃えに燃え、とりわけ隅田川より東の下町は完膚なきまでに焼き尽くされてしまいます。約2時間半で10万人もの一般市民が犠牲になりました。立派な無差別大量殺戮です。重要文化財なども壊滅的な被害を受けています。

     四方を川で囲まれた下町を効率よく攻撃するため、まず先に川べりを燃やして町を火で囲むという作戦で、ひとびとは蒸し焼き状態に置かれました。ある市民は巨大な炎が川のように流れていたと証言しています。想像しただけで生命力が萎えそうです。またあたりには真っ黒い骨だけになった焼死体がいくつも転がっていたといいます。炎や煙による酸欠や一酸化炭素中毒で亡くなった方も多いことでしょう。

     アメリカは「日本の民家は軍需工場と同じ。ひとびとは一般市民ではなく戦闘員であり、ゆえに無差別攻撃ではない」と無理な言い訳をしていますが、少年時代に向島に住んでおり東京大空襲の被害にあった作家の半藤一利氏は「少数の家内工場はあったと思いますが、ほとんどは普通のしもた屋でしたから、正真正銘の無差別攻撃」と語っています。

     一方、空襲から1週間後、深川を視察した昭和天皇は当時の侍従長(天皇の側近のひとり)に「関東大震災よりはるかに無惨だ。これで東京も焦土になったね」と感想を述べたまま黙ってしまったそうです。

     それにしてもこのカーチス・ルメイ、よくもまあこのような酷い攻撃を考えつくものです。周囲を火で囲んで逃げられないようにするあたり、完全に狩猟感覚です。本人自身「アメリカが敗戦したら自分は戦争犯罪人として処せられる」と語っており、東京大空襲が意図的な戦争犯罪だったことをにおわせています。

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