梅花歌三十二首

正月(むつき)立ち 春の来たらば かくしこそ
     梅を招(を)きつつ 楽しき終(を)へめ

→ 正月になり春が来たら、梅を招き迎えてよろこびを尽くそう。

梅の花 いま咲けるごと 散りすぎず
     わが家(へ)の園に ありこせぬかも

→ 梅の花よ、いま咲いているように散ることなく、わが家の庭にこのまま残ってくれないかなあ。

梅の花 咲きたる園の 青柳(あをやぎ)は
     かづらにすべく なりにけらずや

→ 梅の花咲く庭の青柳は、かずら(植物の蔦などでつくった髪飾り)にできるほどに育ったのではないか。

春されば まず咲くやどの 梅の花
     ひとり見つつや 春日暮らさむ

→ 春になるとまず咲く家の梅の花を、ひとり見ながら春の日を暮らすことか。憶良の歌。

世の中は恋繁(こいしげ)しゑや かくしあらば
     梅の花にも ならましものを

→ 世の中は恋がつきないもの。こんななら梅の花にでもなればよかった。

梅の花 いま盛りなり 思ふどち
     かざしにしてな いま盛りなり

→ 梅の花はいまが満開。気の合った仲間たちよ、髪に飾らないか、いま満開だ。

青柳(あをやなぎ) 梅との花を 折りかざし
     飲みてののちは 散りぬともよし

→ 青柳と梅の花を折って髪に飾り、飲んだそのあとは散ってもよい。

わが園に 梅の花散る ひさかたの
     天より雪の 流れ来るかも

→ わが庭に梅の花が散る。(「ひさかたの」は天の枕詞)まさに天から雪が降ってくるように。旅人の歌。

梅の花 散らくはいずく しかすがに
     この城(き)の山に 雪は降りつつ

→ (前の旅人の歌を受けて)梅の花が散るというのはどこのことか。しかし、たしかに城の山に雪は降りつづけている。

梅の花 散らまくおしみ わが園の
     竹の林に うぐひす鳴くも

→ 梅の花が散るのを惜しんで、わが庭の竹林でウグイスが鳴いているよ。

梅の花 咲きたる園の 青柳を
     かづらにしつつ 遊び暮らさな

→ 梅の花咲く庭の青柳を髪に飾りながら、この宴を楽しもうではないか。

うちなびく 春の柳と わがやどの
     梅の花とを いかにか別かむ

→ (「うちなびく」は春の枕詞)春の柳とわが家の梅の花を、どうして区別できようものか。

春されば 木末隠(こぬれがく)りて うぐひすそ
     鳴きて去ぬなる 梅が下枝(しづえ)に

→ 春になると木の枝先に隠れたウグイスが鳴いて行くという。梅の下枝に。

人ごとに 折りかざしつつ 遊べども
     いやめづらしき 梅の花かも

→ ひとそれぞれに折って髪に飾って遊ぶけれど、ますます愛すべき梅の花だなあ。

梅の花 咲きて散りなば 桜花
     継ぎて咲くべく なりにてあらずや

→ 梅の花が散ってしまうのは惜しいが、桜の花がつづいて咲くのももうすぐだ。

万代(よろずよ)に 年は来経(きふ)とも 梅の花
     絶ゆることなく 咲き渡るべし

→ 限りなく長い年月が経過しようとも、梅の花は絶えることなく咲きつづけるだろう。

春なれば うべも咲きたる 梅の花
     君を思ふと 夜眠(よい)も寝なくに

→ 春になり、なるほど咲いた梅の花よ、君を思うと夜も眠れない。

梅の花 折りてかざせる 諸人は
     今日のあいだは 楽しくあるべし

→ 梅の花を折って髪に飾っているひとびとは、今日、きっと楽しいにちがいない。

年のはに 春の来(きた)らば かくしこそ
     梅をかざして 楽しくのまめ

→ 毎年、春が来たら、こうして梅を紙に飾って楽しく飲もう。

梅の花 いま盛りなり 百鳥(ももとり)の
     声の恋(こほ)しき 春来(きた)るらし

→ 梅の花はいままさに満開。鳥たちの声が恋しい春が来たようだ。

春さらば 逢はむと思(も)ひし 梅の花
     今日の遊びに 相見つかるかも

→ 春が来たら逢いたいと思っていた梅の花。今日の宴で逢ったことよ。

梅の花 手折(たお)りかざして 遊べども
     飽き足らぬ日は 今日にしありけり

→ 梅の花を折って髪に飾って楽しんでも楽しんでもなお飽きない日とは、まさに今日のことだ。

春の野に 鳴くやうぐひす なつけむと
     わが家(へ)の園に 梅が花咲く

→ 春の野に鳴くウグイスをなつかせようと、わが家の庭に梅の花が咲く。

梅の花 散り粉(まが)ひたる 岡辺(をかび)には
     うぐひす鳴くも 春かたまけて

→ 梅の花が散り乱れているあたりにウグイスが鳴いている。春が来て。

春の野に 霧立ち渡り 降る雪と
     人の見るまで 梅の花散る

→ 春の野に霧が立ち渡り、雪が降っているのかと人が見るほど、梅の花が散っている。

春柳 かづらに折りし 梅の花
     誰か浮かべし 酒坏(さかづき)の上(へ)に

→ 春柳を折った髪飾りと梅の花 誰が浮かべたのか、盃の上に。

うぐひすの 音聞くなへに 梅の花
     わが家(へ)の園に 咲きて散る見ゆ

→ (春の訪れである)ウグイスの声を聞くにつれ、梅の花がわが家の庭に咲いて散るのが見える。

わがやどの 梅の下枝(しづえ)に 遊びつつ
     うぐひす鳴くも 散らまく惜しみ

→ わが家の梅の下枝で遊びながらウグイスが鳴いている。散るのを惜しんで。

梅の花 折りかざしつつ 諸人の
     遊ぶを見れば 都しぞ思(も)ふ

→ 梅の花を折って髪に飾りながら人々が遊んでいる様子を見ていると、都のことを思い出す。

妹(いも)が家(へ)に 雪かも降ると 見るまでに
     ここだも粉(まが)ふ 梅の花かも

→ 妻の家に雪が降るのかと見るほどに、こんなにも取り乱している梅の花であることよ。

うぐひすの 待ちかてにせし 梅が花
     散らずありこそ 思ふ児(こ)がため

→ ウグイスが咲くのを待ちわびていた梅の花。散らないでいてほしい、いとしいあの子のために。

霞(かすみ)立つ 長き春日(はるひ)を かざせれど
     いやなつかしき 梅の花かも

→ 霞が立つ春の長い一日中、髪に飾っていたままだけど、いっそう心ひかれる梅の花だなあ。

霞(かすみ)立つ 長き春日(はるひ)を かざせれど
     いやなつかしき 梅の花かも

→ 霞が立つ春の長い一日中、髪に飾っていたままだけど、いっそう心ひかれる梅の花だこと。

※大伴旅人、山上憶良以外の詠み人も万葉集には掲載されていますが、ここでは省略。歌番号も割愛しました。

記:グレゴリオ暦 2019年4月2日 / 区分:こよみ