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  • ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
  • 88dからのお知らせ

  • 和暦の「わ」の字は、「笑らか」のわ
    wararaka

     日本人はよほど月が好きなのでしょう。丸くなったり細くなったり、絶えることなく形を変え続ける月の満ち欠けそれぞれに、気の利いた呼称をつけています。

     その形状が似ていることから三日月は「眉月(まゆづき)」、上弦、下弦は「弓張り月」。このあたりはまあ誰でも思いつきそうなものですが、月の出時刻が目に見えて日々遅くなっていく満月以降が洒落ています。月の出

     日没と同時に昇る和暦15日の満月に対し、少し遅くためらうように昇る16日の月は「十六夜(いざよい)の月」(いざよう=ためらう)、立って待っているうちに昇る17日の月は「立待月(たちまちづき)」、月の出がより遅くなってすわって待つことになる18日は「居待月(いまちづき)」、さらに遅くなって寝て待つことになる19日の「寝待月(ねまちづき)」……。往時のひとびとが月の出を毎日楽しみに待っている情景が目に浮かびます。満ち欠けごとの月の名

     和暦8月15日の「中秋の名月」と翌9月13日の「十三夜」はご存知、現代も残る伝統的な月見行事としてつとに有名。しかし江戸時代にはこのほかにも7月26日に月見を行う「二十六夜待ち」というのが、とりわけ江戸で盛んでした。

     「二十六夜待ち」は、もとは二十六夜の月に浮かぶとされる阿弥陀三尊を拝む民間信仰にもとづいた行事でしたが、江戸時代には海岸や高台に集まって飲み食いを楽しむイベントとして広まっていました。海岸線だった芝や高輪、高台の市ヶ谷、四ツ谷あたりの料理屋は賑わい、露店も数多く出たそう。なにかにつけて楽しむことが大好きで、また上手だった、当時の日本人の気質を思い、ニヤリとしてしまいます。

     近隣のひとびとが集まって月の出を待つ行事は「月待ち」とよばれ、かつてはとてもポピュラーなものでした。二十六夜以外にも、十七夜、十九夜、二十二夜、二十三夜の月待ちがよく知られており、神仏の加護を得る目的の民間信仰として日本中に広まっていました。月待ちには、みんなで飲食に興じる親睦会的側面もあり、むしろそちらのほうが主になっていったものも少なくなかったようです。

     和暦の「わ」の字は、「笑らか」のわ。

     「笑らか」とは、にこやかで陽気な様子をあらわす古語です。月の出を待つことさえも文化にし、月を拝み、そして楽しんだ日本人特有の感性が、毎日を満ち欠けとともに送る和暦のなかに宿っています。

    ▲和暦の「わ」トップページへ
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