• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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  • 和暦の「わ」の字は、「若水(わかみず)」のわ

     満ちては欠け、空から姿を消しては再びまたあらわれるというサイクルを繰り返す月の姿に、かつての日本人は死と再生を見ました。

     近ごろではほとんど見かけなくなっていますが、 wakamizu 日本には古来「若水(わかみず)」とか「若水迎え」とよばれている正月行事があります。これは1月1日の未明に井戸などから新年最初となる新しい水をくみあげ、その水を飲んだり煮炊きに使用したりすることで無病息災や長寿、一年の無事を祈る習俗です。

       天橋(あまはし)も 長くもがも 高山も 高くもがも
       月夜見(つくよみ)の 持てるをちみず い取り来て
       君に奉(まつ)りて をち得てしかも
                     (『万葉集』13巻3245)

     上の万葉歌には「をちみず」という言葉が詠みこまれています。「をち」は若返るという意味の動詞「をつ」の活用形で、「をちみず」とは「若水」をさしています。そして「月夜見」は月を擬人化したもの。つまりこの歌では「天へと続く橋がもっと長くあってくれたら、高山ももっと高くあってくれたら、ツクヨミのもっている若水をとってきて、あなたを若返らせられるのに」といった意味のことがが詠まれています。

     月には若返りの力をもった水が存在しているという、かつての日本人の月に対するある種の再生信仰がここにはっきりと見てとれます。

     どうやら「若水迎え」で井戸からくみ上げる水は月の水の象徴であり、これを飲むことで若返る、再生を得ることができるという思考が根底にあるようです。いいかえれば若水で「生」を改める、すなわち邪気を払い、まだケガレていない真新しい「とき」を迎えようというのが、この習俗の本質的な意味といえそうです。

     現在の元日はグレゴリオ暦の導入によってとくになにも意味をもたない日になってしまっていますが、立春に最も近い新月とともに新しい1年をスタートさせる和暦の1月1日は、まさしく再生を寿(ことほ)ぐ日であったことがわかります。月の満ち欠けに死と再生を重ね合わせていた原日本人の古層の記憶が、和暦のなかにひそんでいるといえるでしょう。二十四節気と雑節二十四節気の節と中

     現代の私たちも、夜、月を見上げて、なんとも神秘的な気持ちになることがあります。それはひょっとしたら私たちのなかに眠る原日本人DNAの仕業なのかもしれません。

     和暦の「わ」の字は、「若水」のわ。

     和暦は私たちのアイデンティティや自然に対する畏敬の念を再び呼び起こしてくれる、日本人の心性に根差したこよみといえます。

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