• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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  • グレゴリオ暦/2016.02.26 UP  カテゴリー「特集/ツクヨミをさがして

    ツクヨミをさがして④ 
    ツクヨミのウケモチ殺しとハイヌウェレ

     ライという名の老女が、パレアという名の孫息子といっしょに住み、この子に毎日お粥を食べさせてやっていた。ところがパレアはある日、祖母がどうやってそのお粥を作ってくれているのか知りたくなって、こっそり覗き見してみた。するとライはなんと、自分のからだから垢を刮り取り、それをお粥にしていたので、食事の時になるとパレアは「祖母のしていることを見たので、もう食べたくない」と言って、お粥を食べることを拒否した。そうするとライは、「三日後に帰ってきて、家の下を見るように」と言って、パレアを家から出て行かせた。パレアが言われたとおり、三日後に帰ってきて、家の下を見てみると、そこには一本ずつのびんろう樹とココ椰子と、何本かのサゴ椰子の樹が生えていた。びんろう樹は、ライの死骸の頭から、ココ椰子は女性器から、サゴ椰子は胴体から生えたものだった。

    (吉田敦彦 著『縄文の神話』P118/青土社/1997)
     

     ライという老女は自分のからだからこそげとった垢を食物にしてしまう能力をもっていたのですから、人間というよりは、やはり超越的な力をもった女神であり、ハイヌウェレにあたる存在といっていいでしょう。一方、ライを拒絶したパレアの行動は、彼自身が直接手をかけたわけではないにせよ、結果的にライを死に至らしめたのですから、死という儀礼を与えたという点で、「祖先によるハイヌウェレ殺し」、「ツクヨミによるウケモチ殺し」、「スサノオによるオホゲツヒメ殺し」と物語における効果は同等です。さらにライの死骸の各部位からは椰子の木が生えたというのですから、こちらの物語もまさしく、「女神の死」→「その死骸から食物が発生」という構造で成り立っていることがわかります。

     これらのことから推測できるのは、こうしたハイヌウェレ型神話が『古事記』『日本書紀』に書かれた日本の食物起源神話のベースになっているのではないかという事実です。

     縄文人とインドネシア人がDNA的にみて共通の起源をもっている可能性が高いことや、縄文人が丸木舟でミクロネシアなどの熱帯海洋民と交流していたと考えられることなどからすると、記紀がつくられるはるか以前よりハイヌウェレ型神話が日本に入ってきていたとしても不思議ではありません。

     そして上に紹介した同じウェマーレに伝わるふたつの神話にもみられるとおり、何代にもわたって口伝されるなかで物語の基本構造は変えないまま複数のバリエーションが生まれ、土地土地で語られてきたのでしょう。とくにライの物語のほうは、死骸のどの部位からなにが生えたのかまで具体的に描いており、ハイヌウェレ型神話が日本の神話になっていった過程で、これが五穀に置き換えられて口伝されることになったのだろうと考えられます。

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