• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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  • グレゴリオ暦/2014.06.07 UP  カテゴリー「特集/ツクヨミをさがして

    ツクヨミをさがして③ 
    大陸からの借り物だったツクヨミ誕生譚

     ところが盤古の逸話にもオリジナルがあるとされ、古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』(紀元前1200年ごろ)が語るには、世界のあらゆるものを生んだ宇宙創世の巨人プルシャが、さらなる上位の存在にその身体を切断された際、プルシャのこころから月が、右目から太陽が誕生したとなっています。

     すなわち『三五歴記』に書かれた盤古の神話は、インドから伝わったプルシャの神話を踏襲したものと考えてよさそうです。

     宇宙に存在するすべてのものは陰と陽の二元どちらかに還元できるとする陰陽の考え方によると、左右においては右が陰、左が陽の気に、天体においては月が陰、太陽が陽の気に還元されます。三国時代には陰陽の理論はすでに確立されていましたから、インドからひろまっていった創世神話が古代中国で陰陽のロジックに沿って焼きなおされたのでしょう。そしてこれが日本にも輸入され、『古事記』『日本書紀』の天地開闢の物語に引用されたわけです。

     ツクヨミ誕生にまつわる物語はそのまま、大陸より伝わった神話からの借り物だったと、ほぼ断定できそうです。アマテラスとスサノヲもこのとき同時に生まれているので、彼らの誕生譚にも同じことがいえます。

     もっとも、この事実、それほど不思議なことでもありません。というのも、前に述べたとおり『古事記』が成立した天武朝は国家としての一定のフォーマットが完成した時代であり、国造りのロジックとして、当時の最新科学であり天武自身も凝っていた陰陽五行説を大々的に取り入れていました。『古事記』も『日本書紀』も「神道」も、そうしたなかでつくられていったわけで、だとすれば天地開闢や天皇家の祖たる神々にまつわる物語の前提が、大陸から流入した最新知識で構築されるのも当然です。当時の中国は現代の中国と異なり、世界で最も自然科学知識の発達した国のひとつでしたからね。

     これを現代的な感覚でいえば、量子力学のような最新科学知識を世界を構成するメカニズムとして国家が公式に認めるといった次元の話でしょう。

     天皇家による支配の正当性をより盤石で強固なものにするために、その土台を(当時の日本から見た)世界基準の最新理論に求めたといったところなのではないでしょうか。

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