• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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  • グレゴリオ暦/2012.11.13 UP  カテゴリー「特集/ツクヨミをさがして

    ツクヨミをさがして① 
    日本神話が多くを語らないなぞの神様

    ツクヨミをさがして


     「こよみ」の語源は「日読(かよみ)」だと考えられています。古語辞典を開いてみると「日」には現代と同様に太陽つまり陽(ひ)の意味のほか、一昼夜を基本とした時間の単位、また「読む」のほうには数えるの意味とあり、「日読(かよみ)」とは日(陽)を数えることだとわかります。

     ところが縄文時代を含めれば優に1万年を超える日本の長い歴史において、こよみに太陽暦が採用されたのはここ140年程度で(旧暦が公式に廃止されたのは明治5年。翌6年からグレゴリオ暦=新暦に)、その大部分では太陽ではなく月の満ち欠けにもとづいた陰暦が使われてきました。月と太陽それぞれの運行のズレを解消させた太陰太陽暦(=現在「旧暦」といえば、一般的にこの太陰太陽暦をさします)という形に整えられた完成版としての「こよみ」が古代中国から朝鮮半島の百済(くだら)経由で日本に入ってきたのは飛鳥時代のことですが(太陰太陽暦が日本で最初に公式採用されたのは6世紀後半~7世紀前半にかけての推古天皇の時代とされます)、縄文時代など国家以前の時代にも月の満ち欠けにもとづいたより単純な自然暦としての陰暦が使われていたと考えられます。

     すなわち「日読」とはいっても古代のひとたちは実際には月の満ち欠けを見て「こよみ」としていたわけで、これはむしろ「月読」というべきでしょう。事実、かつて日本には「月読」という言葉が存在しており、ツクヨミと読まれました。

     そこで今度は「月読」を古語辞典で引いてみると、月、月神とあります。なるほど「月読」という神様がいたわけですね。この事実、あらゆるものが神様とされる八百万の神の国においてはさほど不思議はありませんが、それにしても一体どんな神だったのでしょう。「月読」という語そのものは「こよみ」が元来、月を読む=月夜(月齢)を数える行為から発生していったことを象徴しているように見えますが、月神ツクヨミとはこうした行為を神格化したのものなのでしょうか。だとしても、それだけではいまひとつイメージが浮かびづらいですよね。それにアマテラスやスサノヲは聞いたことがあっても、ツクヨミはあまり聞いたことがありません。

     神というからには神話にも登場しているはずですので、とりあえず日本神話を見てみることにしましょう。現代の私たちに伝えられる日本の神話は、そのほとんどが『古事記』と『日本書紀』、あるいは各地方に残る『風土記』に書かれた記事が出典元。とりわけツクヨミについてはどうやら『古事記』と『日本書紀』に記載があるようです。ということで『古事記』と『日本書紀』をそれぞれ開いて、ツクヨミに関する記事がどのように書かれているのか、確認してみることにしました。

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