和暦を知る
  • ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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    04. グレゴリオ暦

    ◇終末へ向かって直線的に突き進む構造のグレゴリオ暦

     キリスト教では歴史には終わりがあると考えます。そして歴史の終わり=終末にはキリストが復活し「最後の審判」が行われるとされます。復活の目的は世の救済ですから、キリスト教ではこの終末をひたすら待ち望み、必然的に「とき」を1本の矢印のようにとらえる直線的な時間概念をもつことになります。やはり直線的に突き進む大量消費社会との親和性は高く、両者のあり様がうまく適合しあっている点も見逃せません。

     旧約聖書の創世記によると、神はみずからに似せて創造したという人間に対し、自然界のあらゆる生命を服従させる地上の支配者としての権利を与えています。こうした独善的な思考がキリスト教的世界観の出発点にあることを考えれば、グレゴリオ暦による「とき」もまた人間主体の世界観にもとづく人工的なものであると言わざるを得ません。


    ◇日本が改暦した理由は財政上の問題?

     グレゴリオ暦が日本で公式に採用されたのは1873年(明治6年)。和暦は前年で廃止され、明治5年和暦12月3日が明治6年新暦1月1日となりました。青天のへきれきのように突然改暦が公布され、1か月後にはスピード実行されたらしいです。背景には政府財政のひっぱくという事情があったといわれています。

     明治6年は閏月(うるうづき)の入る年だったので、そのまま行けば政府は翌年、公務員たちに13か月分の給料を支払わなければなりませんでしが、ここで改暦してしまえば1か月分支払わずに済むうえ、明治5年12月の給料も2日分だけで済む。完全にズルですね。それだけでなく明治5年は年末が突如として消滅してしまったため、庶民生活に大きな混乱を招いたと伝えられています。

     もっとも改暦そのものの本質的な理由は、欧米列強の侵略に対抗するため、尺度にも欧米流を導入したということでしょう。でも公式に廃止してしまったのは失敗でしたね。自然環境に神の姿を見、畏(おそ)れうやまった和文化の神髄はグレゴリオ暦ではけっしてなく、和暦にこそ凝縮されているはずですから。

     なお日本のこよみの歴史についてはこちらをご参照ください。

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