• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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    04. 五節供(ごせっく)

      節 供    旧暦  五行 由 来 と 内 
    人日
    (じんじつ)
    1月7日 七草の節供

    前日に摘んだせり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな(カブ)、すずしろ(大根)を入れた七草粥をこの日の朝につくり、食すことで邪気を払います。

    「人日」とは文字どおり「人の日」という意味で、1月1日から6日にかけて、それぞれ順に鶏(とり)、狗(いぬ)、猪、羊、牛、馬を、そして7日に人を占ったという古代中国大陸の古い習俗(紀元前1~2世紀半ば、前漢時代の学者 東方朔の「占暑」)からきているようです。
    上巳
    (じょうし)
    3月3日 桃の節供 重三(ちょうさん)

    水辺で身を清めて邪を払う古代中国大陸の風習と、3月はじめに紙や土焼きでつくった人形(ひとかた)へ穢(けが)れを移して川に流す日本古来の儀礼が結びついて(いまも「流しびな」の風習は各地に残っています)、ひな人形を飾ったり、魔除けの効果があるとされる桃の花などを供える風習になっていきました。

    実物をまねて小さくかたどったものを「雛形(ひながた)」といいますが、ひな人形の「ひな」も同じ意味です。また「3」と結びついた「桃」による邪気払いは『古事記』にも見られ、伊耶那岐(いざなき)が黄泉の国から脱出する際、3個の桃の実を投げつけて追っ手を撃退しています。3匹のお供を連れて鬼退治する桃太郎伝説も、同様に3と桃による邪気払い譚といえるでしょう。
    端午
    (たんご)
    5月5日 菖蒲(しょうぶ)の節供 重五(ちょうご)

    生薬としても知られるヨモギや菖蒲で邪気を払う古代中国大陸の古い風習と、5月の田植え前に早乙女(田植えをする女性)が家にこもって物忌みし、田の神を迎えて祀る日本古来の農耕儀礼が結びついて、端午の節句の原型になったとされます(つまりもともとは女性の日でした)。

    武者人形や鯉のぼりを飾るのは日本独自で武家社会以降。菖蒲が「尚武」と同じ読みであることから立身出世を願う男子の節句に変わっていきました。鯉のぼりの吹き流しの五色はもちろん五行思想によります。

    また鯉のぼりを飾る高い棒は神の憑代(よりしろ)、武者人形はひな人形と同じく穢れを移す人形(ひとがた)とし、その源流は日本古来の古い信仰にまでさかのぼれるとする説もあります。
    七夕
    (しちせき)
    7月7日 たなばた

    織姫(織女星。こと座のベガ)と彦星(牽牛星。わし座のアルタイル)が年に一度出会うという伝説で有名な古代中国大陸より伝来の星祭。供え物をして織女星をまつり、女子が手芸の上達を願います。

    雨が降ると織姫も彦星も夜空に見ることはできませんが、一方で日本にはこの日、短冊が流れるほど雨が降るのがよい、雨が降らないと疫病神が生まれるといった伝承も。これは “清めの雨” の意で、和暦7月15日のお盆を8日後に控え、祖霊を迎える準備として洗髪や水浴び、井戸さらいのほか、牛馬を洗ってやったりなど水の儀礼で禊(みそぎ)を行った日本固有の風習が背景にあります。青森の「ねぶた祭」ももともとは水で穢れを流す禊の祭祀でした。

    またこの日、ナスやキュウリ、真菰(まこも。イネ科の植物)などで祖霊を乗せる馬や牛を作って供える伝統の残る地方があることからも、七夕には古代中国大陸の星祭と、祖霊をまつる日本古来の魂祭「お盆」入りの物忌み儀礼というふたつの側面があり、だからこそここまで大きなイベントになったといえるかもしれません。日本独自の風習のみをさす場合は「七日盆(なのかぼん/なぬかぼん)」ともいいます。
    重陽
    (ちょうよう)
    9月9日 菊の節供 重九(ちょうく)

    古代中国大陸では菊の花から落ちた露を飲んで不老長寿を得たという仙人「彭祖(ほうそ)」の伝承にあやかって、菊花を飾ったり花弁を浮かべた酒を飲んで長寿を願いました。丘など付近の高いところに登って邪気を払うといった儀式も行われていたようです。

    日本でも貴族・武家社会でこうした儀礼が採り入れられていましたが、民間にはそのままの形式としては広まらず、「御九日(おくにち/おくんち)」とよばれて、おもに氏神の秋祭として形を変えて分布していきました。秋祭なので、すなわち収穫祭ということになります。

    おくにちは「三九日(さんくにち)」(9がつく日が月に3度あるから)といって刈り入れ時期の都合などで19日や29日に行われる例も多くあったことから、日取りとしての旧暦9月9日の意味が薄れていき、現在では重陽の節句自体あまり知られなくなったのではないでしょうか。ちなみに長崎の「おくんち」も本来は「御九日」です。


    参考文献/『日本生活歳時記』社会思想社編(社会思想社)/『日本まつりと年中行事事典』倉林正次編(桜楓社)/『年中行事大辞典』加藤友康・高杢利彦・長沢利明・山田邦明編(吉川弘文館)