• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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    和暦1月1日
    元日/旧正月


    年神(としがみ)の来訪に豊穣を祈る神迎えの日

    ◆新しい年は神様がもってくる

     和暦の元日は現在では一般に「旧正月」とよばれています。元日とは本来、新年最初の朔(新月)とともに年神(としがみ)を迎えて五穀豊穣を祈る神迎えの日でした。このため「朔旦(さくたん)正月」ともいうほか、1月15日の小正月に対してこちらを「大正月(おおしょうがつ)」ともいいます。

     森羅万象に神が宿ると考えた八百万の神のおわす国、日本では、「とき」という概念にもまた神の姿を見ていました。毎年、1年のはじまりの日には年の神様「年神/歳神(としがみ)」が各集落や家庭を来訪すると考えたのです。そして年神の来訪こそが新年の訪れであり、ひとびとの年齢もみな、この日いっせいに1歳加算され、年を取ることになります(現代の満年齢に対して、これが「数え」といわれる年齢の計算法)。そのため、一般に「年越し」とよばれる、大晦日から元日にかけ新年を迎えることを「年取(としとり)」ともいいます。


    ◆年(とし)の語源は「稲(とし)」だった

     和風月名でもみたとおり、かつては「稲」と書いて「とし」と読み、稲作のサイクルが年(とし)という時間単位の呼称に変化していったと考えられます。したがって年神は同時に「米の神」でもあり、年神の訪れが意味するのはその年の豊作の約束にほかなりませんでした。

    たとえば集落に死や疫病などの「穢(けが)れ」があって、1月に年神を迎えられないようなときには、2月1日を元日として、正月をやりなおすようなことも、かつてはありました。

     逆に年神を迎えられないと年が明けず、収穫も約束されないことになります。そのため、ひとびとは年神を無事に迎えるための準備を怠りませんでした。日本の神は「穢(けが)れ」すなわち不浄や不吉を厳しく忌(い)むことから、年神の来臨をかなえる正月準備は、こうした穢れを清め去ることからはじまります。


    ◆煤払(すすはら)いと松迎え

     12月13日を「ことはじめ」といい、この日から正月準備ははじまります。まず最初に行われるのが「煤(すす)はらい」で、家の内外を大掃除します。すみずみまできれいに掃除して穢れを清め去ることで、家を年神が訪れるのにふさわしい祝祭空間にするのです。

     そして「松迎(まつむか)え」。正月のお飾りは現在では出来上がったものを購入してくるのが普通ですが、かつては年男(正月の神迎えを取り仕切る斎王のことで、その家の主人や長男がつとめる)が山に入り、「門松」「松飾り」用の松を伐(き)ってきました。

     冬の暖を薪(まき)でとっていたころは、松迎えとは別に正月用の薪も暮れのうちに山で伐りだしておく必要がありましたが、この新年の燃料となる薪は「年木(としぎ)」とよばれ、門松の根元に立てかけるなどして年神に供えられます。薪が不足しないようにとの祈願がこめられているといいます。