• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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    グレゴリオ暦/2017年1月14日  カテゴリー「こよみ

    改元を予定調和で行ってはいけません


    和暦12月17日

     つい先日、新聞各社が平成31年にあたる2019年グレゴリオ暦1月1日より新元号になるかもしれないという、まだ「かもしれない」段階でなにも決まっていないニュースを一面でデカデカと報じていました。

     背景にどういう悪意があるのかはわかりませんが、「かもしれない」だけの不確定ニュースが意図的に垂れ流されたおかげで、なんとなく国民のあいだに2019年G暦1月1日より新元号開始というのが既定路線のように刷り込まれてしまった感があり、気持ちの悪い思いをしている方は少なくないでしょう。

     改元を予定調和で行ってはいけません。

     いうまでもなく元号は天皇の御存在と表裏一体。天皇のおつとめは日本建国のはじめより「祈る」ことであって、テクノロジーが著しく進化した今日においても、天皇の大御宝(おおみたから)たる我ら国民の平和と安寧のために日々怠ることなく陛下は儀式を執り行い祈り続けておられるわけで、このような「●月●日よりリニューアルオープン!」みたいな安っぽい唯物的合理主義とはまったく相いれないのです。

     パチンコ屋の新装開店じゃないんですから。

    「平成31年にあたる年のG暦1月1日より新元号」って、これ、キリがいいからってことですよね。ご譲位の情報が拡散したときと同様、宮内庁の陰謀でしょうか。

     日本の歴史上、天皇の代替わりにかかわらず在位中に行われることも、また代がかわってるのに行われないこともあったものの、改元は天皇の即位や吉兆の寿ぎ、疫病の流行など凶事の断ち切りといった神聖な目的で行われてきました。

     そして明治に入って以降、元号は一世一元に定められ、また元号法により「皇位の継承があつた場合に限り改める」ことになります。

     明治の改元では慶応4年(1868)和暦9月8日以降が明治元年に(制度上は同日に発せられた「明治改元の詔」で、この日よりさかのぼった慶応4年和暦1月1日からが明治元年と定められた)、大正の改元では明治45年(1912)G暦7月30日以降が大正元年に、昭和の改元では大正15年(1926)G暦12月25日以降が昭和元年(つまり昭和元年は1週間で終わり)に、平成の改元では昭和64年(1989)G暦1月7日以降が平成元年(つまり昭和64年は6日で終わり)というふうに、まさしく自然界が数学的にキリよく並ばないがゆえに有機的につながっているように自然発生的に行われ、「とき」もまた有機的にキリ悪く並ぶからこそ未来を紡いでいけるのです(元日に改元された例は歴史上1度だけ)。

     そしてこれこそ森羅万象すべてに神を見出し、2600年以上続いてきた世界最古にして最長の歴史を誇る国、日本の叡智なのだと私はいいたい。

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