• ●読み方● 和暦=旧暦/月の出入=東京で月の中心が地平線に重なる時刻/(二)=二十四節気/(雑)=雑節/(節)
    =節句/(年)=年中行事/G暦=グレゴリオ暦 (新暦)/データ出典…暦要綱・暦計算室(国立天文台)/※月満ち欠け図は目安です。免責事項
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    グレゴリオ暦/2016年10月21日  カテゴリー「スポーツ

    平尾誠二が死んじゃいました

    和暦9月21日

     中学から大学までラグビーをやっていた僕にとって、平尾誠二は超スーパースターでした。

     80年代前半、僕が高校生のとき、プレイの勉強も兼ねて大学ラグビーの試合観戦によく行ったものですが、そのころ最も強かった大学が同志社。その同志社の強さをけん引していたのが平尾や大八木、林で、当時、急速に高まっていた世間のラグビー人気の中心にいたも彼らでした。

     ラグビーの魅力はなんといっても、戦場での合戦や白兵戦と直結するような、その野蛮さにあります。とはいえラグビーはバカ集団同士のケンカではありませんから、厳しい規制のなかで勝利するためには統制されたチーム力が必要となり、結果として日々の激しくキツイ訓練、練習が 「個人よりも集団」という価値観のもと求められるようになるわけですが、僕の現役時代は(当時すでに時代遅れになりつつあったものの)まだ精神論がハバを利かせており、全員が同じ規範をおしつけられたうえで、なんでもかんでもバカのひとつ覚えみたいに「気合いが足りない」で処理されるような場面はしばしばありました。ハミ出すことが大変好きだった僕はそんな”ひとつ覚え”の鬼軍曹に練習中、よく反抗したものです。

     そんななか、『ラグビーマガジン』かなんかに、同志社大ラグビー部の練習は個人の裁量に任されている部分が大きいといったような内容の記事が書かれており、なんてスバラシイのだろうと感動したのを覚えています。

     事実、当時の同志社大は密集のパワーで突進してくる明治大とも走力でライン展開してくる早稲田大ともぜんぜんちがう、個人が臨機応変にプレイして全体を機能させていく、実に自由なラグビーを見せてくれるチームでした。しかもそのスタイルで3年連続大学日本一。奔放にやって弱いんじゃカッコ悪いですが、日本一強いんだからスゴイ。もっとも同志社はその後、長い低迷期に入ってしまうんですけどね。

     そして黄金期の同志社のなかでもとりわけ輝いていたのがスタンドの平尾誠二です。ステップの切り方もパスの出し方も顔も体型も、すべてが旧来の泥臭いラグビーのイメージとかけ離れていて、本当カッコよかった。

     神戸製鋼時代にはラグビーをロジックの面からも補強していき、身体的な意味での「力」と知性の「力」の積み重ねこそが勝利への道であることを体現していた感があります。現役引退後もW杯の解説などでテレビに登場すると、積み重ねられたそうした「力」に裏打ちされたような「存在の圧」を、画面のこちら側でも感じずにはいられませんでした。

     それにしても53歳とは、あまりにも早すぎる死ではありませんか。ご冥福をお祈りします。

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